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噂が独り歩きするとき

6 月 28th, 2008 by 奈菜

小泉純一郎元首相から先日、電話をもらった。

「あのコラム、憲法のところはうそだよ。おれは何も関係ない」

という話だった。

近聞遠見:噂が独り歩きするとき=岩見隆夫 - 毎日jp(毎日新聞)

 前々回の当コラム、パーティーの席で、中曽根康弘元首相が小泉の握手を拒んだ一件である。拒否の理由を、筆者の推測として二つあげた。一つは、定年制をタテに小泉が強引に中曽根を引退させた事件。

 もう一つが、憲法前文事件だ。05年10月、自民党の新憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)で、前文小委員長の中曽根が練り上げた素案が最終段階で全文捨てられ、中曽根を激怒させた。

 当時、同委の舛添要一事務局次長(現厚生労働相)は、

 「小泉首相と森前首相による最高の政治決断だ」

 などと言っていた。コラムでは、この前文差し替えを、

 <小泉の鶴のひと声だった>

 と書いたが、小泉は、

 「舛添君が説明に来たから、『まかせる、みなさんと相談してくれ』と言ったんだ。字句にはいっさい口を出していない」

 と言う。委員長だった森に聞くと、

 「それは小泉さんの言うとおりだ。私のところにも舛添君が来たから、『まあ、いいだろう』と言ったんです」

 と差し替えに了承を与えたことを認めた。のちに舛添は中曽根案を拒否した理由について、

 <あの復古調の前文では、民主党には受け入れられないし、肝心の国民の合意も得られないことは火を見るより明らかだった>

 と書いている。(著書「永田町VS霞が関」07年・講談社刊)

 事務局としては、小泉、森の意を体して措置したのだろうが、とにかく<鶴のひと声>は間違いだったことがはっきりした。訂正させていただく。

 だが、小泉による前文差し替えは政界のいわば常識のように伝えられ、中曽根VS小泉の実例として語られてきた。

 「そう、そういう話になって流れている。噂(うわさ)が独り歩きするんだ。それがこわい」

 と小泉は言いながら、いくつかの体験例をあげた。

 その一つが、87年10月、中曽根首相の後継者をめぐる争いだ。結局、中曽根裁定に持ち込まれ、大詰めでは、

 <安倍晋太郎に確定>

 と速報したメディアもあったが、竹下登が指名された。このとき、小泉が、

 「あなたは甘い」

 と安倍を批判した、という噂が流れ、いまも消えていない。しかし、小泉は、

 「そんなこと言ってないんだよ。福田赳夫さんのときと混同している」

 と苦笑する。

 それは82年10月、突然辞任した鈴木善幸首相の後継問題でもめた場面だ。党内調整がつかず、二階堂進幹事長らが、

 「福田さんが総裁、総理は中曽根さんだ。それでいこうじゃないか」

 と総・総分離論を強く主張し、福田が乗りかけたのに、

 「それは甘い」

 と小泉が反対したことがあったという。結局、分離論はつぶれ、総裁選挙で中曽根が首相に就いた。

 噂話が意図的につくられたり、推測に尾ひれがついてふくらんでいったり、政界は真贋(しんがん)取りまぜた情報の渦だ。消えるのもあるが、いったん独り歩きを始めるとしぶとく残る。

 へたに否定すればヤブヘビになるケースもあるから、ややこしい。否定の仕方も業のうちである。

 まあ、日ごろが大切、ということだろうが、メディアも自戒しなければ。(敬称略)

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2 Responses to “噂が独り歩きするとき”

  1. 番記者O Says:

    噂話もさることながら、推測も勝手に歩き出しますね。
    殆どは、邪推。
    肯定も否定も、そのやり方は業のうちですね。

    ・・・私は不器用ですから(汗

  2. 奈菜 Says:

    気にしすぎて自分が傷つくのは避けたいものです。
    小泉さんも強そうですが、私も負けていないかも。
    私の場合は、能天気ともいいます。

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