メディアが世論を怖がり始めた
温暖化をめぐる「世論」の一致は可能か? 〜 メディア「崩壊」の後で | WIRED VISION
この1カ月ほど、活字メディアの関係者が集まると、毎日新聞社の「変態」報道事件が話題となります。
毎日新聞はインターネット上で「日本人は性的に倒錯している」という趣旨の英文記事を数年に渡り配信し続けました。この問題について同社は「英文サイト出直します 経緯を報告しおわびします」と、謝罪と検証記事を発表しました。
メディア関係者の注目点は、この事件の「構造」と「余波」です。ネットメディアがこの問題を指摘し、ネット上で批判が広がったことによって、毎日新聞が謝罪に動きました。これまで、一般の人々がここまでメディアを追い込む例は、あまりありませんでした。
また、新聞・通信・出版という活字メディアは、広告の減少と絞り込み、さらには紙媒体の発行数の減少で、経営が厳しくなりつつあります。広告代理店の営業担当者は「クライアントがネットの怒りを気にしている。どの会社も不景気の中で広告予算を絞っているから、メディア各社の収益に影響が出てくるかもしれない」と、話していました。
「今」を切り取るさまざまな材料を提供するのに、この事件を伝える既存メディアの報道はあまりありません。なぜでしょうか。
ある大手メディアの元幹部に聞いたところ、「君も分かるでしょう。怖くて誰も記事にできないんです」と、予想した返事が返ってきました。下手にこの事件にさわったら、メディアの力の低下が知られ、スポンサーへの悪影響がでかねない──。こんな恐れが、報道を自粛させているようです。
「既存のメディアの力が低下していることが明らかとなり、同時に世論におびえ始めた」。
さまざまな論点を提供するこの事件で、私はこの点に一番興味を持ちました。しがらみのない子供たちが「王様はハダカだ!」と大人社会のおかしさを明らかにした寓話と同じように、どこにもおもねる必要がないネットユーザーがメディアの権威の低下、そして自らは「社会の公器」を唱えながら実際にはスポンサーの意向を気にする私企業にすぎないという欺瞞を、明らかにしてしまったのかもしれません。ぼんやりと感じていたことが具体的な形になり、メディアの関係者はこの問題に「怖さ」を感じるのでしょう。メディアの中で生活をしている私も、同じ「怖さ」を抱いています。
怖いからって理由は、通らないと思うんですが。
過程があっての結果ですから。
怖いが故に真実を報ずることが出来ないのなら、報道機関の存在意義はゼロ。
J-CASTやテクノバーンに大会社が噛み付いている時点でアウト。
個人的には、尼崎脱線事故の一連の報道経過を見た時点で「もうだめぽ」と。
別に自己を正当化するつもりはありませんけどね。
ただ、たまたま多数となった声が正しいかどうかは判断できないのですけどね。
少なくとも、その場では。
今回の毎日の件、誰か書籍で発表したら最初に発表した人の懐に(略
コメント by 番記者O — 2008 年 8 月 31 日 @ 10:03 AM
一般的には、まだ知れ渡ってはいないんでしょうかね。
ただ、印税は魅力ですね。(笑
コメント by 奈菜 — 2008 年 9 月 1 日 @ 6:20 AM