脱線事故 ここまでのまとめ(私なり)

wanderingdaysさん、ご回答有難うございました。



「あの場面で、あの記者の態度はどうなのか」という問題と、「一般的にいって、記者会見の場で会見側に対して記者が怒鳴ったりするのはいいのか悪いのか」という問題を区別してとらえている。


の後者に重点を置いて記されているということは、分かりました。しかし、前者についてどうお考えか、それが私には分からなかったのでエントリーを記させていただいた次第です。「あの場面で、あの記者の態度は」取材として成立していないが故に支持出来ないが、「記者会見の場で会見側に対して記者が怒鳴ったりするのは」取材の手法として決して無効ではないということが、よく分かりました。

ご足労いただいた上に新たなエントリーを記していただき、申し訳ございません。不躾な質問で気分を害されたのではないでしょうか? 重ねてお詫び申し上げます。


実は、wanderingdaysさんにお手数をおかけしたにも拘らず、

未だに「報じる側」と「受け止める側」との間に温度差を感じるのです。


私が何故、


「人が死んでんねんで!!」という発言そのものが「なし」でしょう、

言葉遣いが発言の全てを決定付けているこの場合は。


と記したかというと、


1.言葉遣いを含め、あの場面から受ける印象が(個人的に)凡そ「取材」とは程遠い。

2.wanderingdaysさんが記されている通り、「取材」として不成立。

3.あの場面はテレビを通じて広く報じられており、少なからぬ数のひとが記者会見としては異様な印象を受けている。

4.blog等を通じてあの場面について少なからず議論されているが、あの場面について「報じる側」から公式には何も表明されていない。

5.あの場面のみならず脱線事故に関する「報じる側」の姿勢について少なからず疑問の声が上がっているが、姿勢に変化が感じられない。あの場面は「報じる側」が自身の姿勢を考慮する材料になっていないばかりか、社長会見での野次から明らかなように追随ととられかねない動きが見られる。


という印象を受けたからなのです。


事故発生当初、阪神大震災当時と変わらない取材姿勢に対して、


事故の衝撃を激しく受けているひとへの遠慮無き取材。


競って事故の様子を上空から撮るべく

被害に遭われた方の声をかき消すが如く飛んでいるヘリコプター。


いい加減にしろ、馬鹿が。


記しました

震災当時、瓦礫に埋もれたひとびとの声をヘリコプターがかき消し、届かぬ声の多くはやがて消えていきました。目の前で自分の家が燃えるのを力無く見ているひとを、カメラは捉えていました。

あれから10年。取材の手法は、変わっていないようです。

あれから10年、・・・何か変わったのでしょうか?


その日の夕方、献血をしていた私の目に映ったのは、特別番組の中で事故の直接の要因とは思えない車掌さんを責めようとしていたキャスターの姿でした

一言一句に、ひとを追い詰める可能性があることを、まるで感じていないその姿。

記者会見の場で事故原因や責任を追及するのではないその姿は、欠席裁判と人民裁判の性質を兼ね備えた言葉の暴力のように思えたのです。

いつしか警察も車掌さんの責任を追及する方向へと動くようになりました

追及はやがて、JR西日本の職員を叩く方向へと変わりさまざまな声を後ろ盾にしてありとあらゆる職員を罪人扱いするかのような動きを見せました。

そこに見えるのは、主観的な記事。客観的な視野など、見えません。


だからと言って、JR西日本に負うべきものが何も無いわけではありません。

事故当日に姿の見えなかった南谷昌二郎会長はするべきことを全うしていただかなければなりませんし、数々の事務的対応につきましては「不手際」と言わざるを得ません。勿論そこには個人の資質が大きく作用しますし、会社として如何なものか考えなければなりません。ただ、「報じる側」がそれらばかりを取り上げたり、或いは職員叩きに終始するようでは、「報じる側」が何を為したいのか見えません。


永田町に至っては10年前から退化している面が見受けられるような気がします。なるほど、郵政民営化がこのくににとって最大の問題であり関心事であった訳ですか。あーあ。


それでも、この10年が全く生かされていない訳ではないようです。少なくとも、医療面については・・・。


そうした中で、感情に任せて記したのが「脱線事故と言葉遣い」でした。

このことにつきまして、「報じる側」が記したものがありますので、引用させていただきます。


尼崎脱線事故をめぐるJR西日本の記者会見で、読売新聞大阪本社社会部記者に不穏当・不適切な発言があったとして、読売新聞は13日の朝刊に谷高志・大阪本社社会部長名で謝罪記事を掲載した。107人もが死亡した大惨事のうえ、事故後の対応での不祥事も続出し、会見は混乱が続いた。毎日新聞も含め、大勢の記者が取材に当たる中で問題は起き、メディアに対する世論の批判も招いた。


読売新聞大阪本社広報宣伝部によると、社会部記者が不適切な発言をしたのは、脱線事故を知りながら天王寺車掌区の職員がボウリング大会を開いていたことが発覚した4~5日未明の会見。JR西日本幹部に「あんたら、もうええわ、社長を呼んで」などと声を荒らげたり、感情的発言をした。読売は5日に記者を厳重注意し、6日から会見取材の担当を外した。

13日の記事では「会見は全体として詰問調になったようですが、当該記者の発言の一部は明らかに記者モラルを逸脱していました」「冷静さを欠いたと言わざるを得ません。日ごろの指導が生かされなかったことに恥じ入るばかりです」としている。この問題は週刊誌やテレビで報じられ、読売には苦情が寄せられたが、「件数や内容については公表しない」としている。


この時の会見では、読売以外の記者からも詰問調の質問があった。NHK大阪放送局広報部は「JR側の説明が不十分で、記者が経営姿勢について厳しい口調で質問した事実はある」と説明する。しかし、「暴言による中傷などはなく、社会通念上の範囲内」として、記者への指導や注意はしていないという。

事故をめぐるJR西日本の最初の会見は4月25日午前11時15分過ぎ、発生から約2時間後にあった。当初の発表は「自動車と衝撃」(原文のまま)というものだった。「衝突」の詳細を問う質問に、村上恒美安全推進部長は「確認できていない」などと答えた。具体的事実をほとんど説明できないJR西日本に、毎日新聞の記者も「答えになっていない」と大きな声を上げた。会見直前には、「社長が出席する」と説明した広報担当者に対し、「この段階で社長が何を話すのか。まずは状況説明が先やろ」と抗議する他社の記者もいた。

事故に関連して毎日新聞には多くの反響が届いた。報道に対する批判や注文では「記者会見での質問の仕方や口のきき方があまりにも横暴で非常識さが目に余る」といった声があった。


MSN-Mainichi INTERACTIVE


ここに来て、ちょっと温度差が縮まったような、そんな感じがします。


取材の手法と、ひとの想い。

どちらが優先されるべきものなのか、正直分かりません。

あの震災から10年が経ち、分からずにいます。

この先10年も、分からずにいるのかもしれません。


この事故は、長い道のりの始まりであるような気がします。

事故に関わる、すべてのひとにとって。


このような記事も、見えます。


尼崎JR脱線事故に関連しJR西日本は九日、事故後の仕事で心労などが重なり、心のケアを必要とする社員のため、専門家による電話カウンセリングを始めた。

事故から二週間がたち、社員の心身の疲れもたまっているとみられる。厳しい乗客の目にさらされ、緊張を強いられている運転士や車掌も目立ち、同社では初めて社員向けにカウンセリングを行うことにした。


神戸新聞


この事故のことを想うとき、

如何に多くのひとが関わっているかを、

如何に多くのひとが見える傷・見えない傷を負っているかを、

決して忘れてはならないような気がするのです。

勿論それは、「報じる側」だけのことではありません。


JR宝塚線(福知山線)の脱線事故後、JR西日本の乗務員を狙った悪質な嫌がらせ行為が相次いでいる。同社が8日までに確認できただけでも、120件に上る。


同社によると、120件の内訳は暴行・傷害2件、職務妨害18件、乗務員が「暴言」と感じた行為100件。

脱線事故が起きた4月25日午後9時すぎ、大阪駅の神戸線ホームで乗務予定の電車を待っていた20代の男性運転士に向けて中身が入った清涼飲料水の缶が投げつけられた。運転士にけがはなかった。

天王寺車掌区の社員らが事故当日にボウリング大会を開いていたことが発覚した後の今月6日午前9時半ごろには、同じ神戸線のホームで乗務を終えて電車を見送っていた20代の女性運転士が背後から足首をけられて軽傷を負った。本人から被害届を受けた大阪府警が傷害容疑で捜査している。

無言の抗議が運転士にとっては大きなプレッシャーになっている行為も続発。事故から2日後の4月27日、大津駅に入った電車の運転席後ろのガラスに「命」と書かれた紙がはられているのを運転士が発見。同日、大阪駅に着いた別の電車にも同じ字が書かれた紙が逆さにはりつけられているのが見つかった。

乗客に「人殺し」と言われるなど、乗務員が暴言と感じた行為も後を絶たないほか、レール上に石や自転車などが置かれる列車往来危険容疑事件も今月8日までに計23件起きているという。


4月27日には、京都電車区の20代の女性運転士が事故の救出状況を報じた新聞を突きつけられたり、運転中に別の乗客から「JRは人殺しだ」と言われたりした。女性運転士は精神的苦痛を訴えて4日間の休暇を取り、復帰した今も内勤をしているという。

このほか、「運転する様子をビデオ撮影された」「速度計の表示を大声で読み上げられた」と、事故前なら気にならなかった乗客の行為に過敏になっている運転士もいるという。


asahi.com

論外の外、です。

事故に便乗するな、馬鹿が。


「報じる側」は、

傷を負わせる可能性を持ち、

古傷に触れる可能性を持っています。

その可能性を省みなかった今回の会見では、

結果として「報じる側」自らが深手を負ってしまったように見えるのです。

事故に便乗する馬鹿が多いことは独り「報じる側」の責任ではないと思いますが、

「人が死んでんねんで!!」という発言が少なからず馬鹿を誘発しているとすれば発言の主は万死に値します。

「取材」に当たらない一言が、多くのひとを苦しめるもとになったとすれば・・・。


wonderingdaysさん、

これが番記者Oの、今の想いなのです。

整理がつきませんが、これが私なりのまとめです。


更なる非礼、お詫び申し上げます。

関連している?投稿@Simple Tags

Author: 番記者O on 2005年5月13日
Category: news
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10 responses to “脱線事故 ここまでのまとめ(私なり)”
  1. 奈菜 より:

    うっ、万由子さん並の長文きた。。。

  2. 番記者O より:

    すみませぬ・・・(汗

  3. 小椋万由子 より:

    長文書いて読み直して、投稿すべきだろうかと悩みながらも、書いてしまったからもったいないよなと投稿したものの、あとで、ああ、何書いてんだろうと反省したり、でもその後やっぱり書いてよかったと思ったり。

    自分の記事に愛着がもててこそ、長文系ブログ作家ですw。

    という長文のコメントを深夜に書いている自分に、、、大丈夫?と突っ込みw。

  4. 奈菜 より:

    まだ宵の口ですからだいじょぶ。(笑
    長文書くの(‘A`)マンドクセ。。の奈菜より。

  5. 番記者O より:

    書評もどきを記していた頃は、
    そんなときめきがありました。
    ということで、再開です。  >繭奈さん

    このエントリー、
    引用ばかりだから長いという面も(汗

  6. ふざけるな より:

     JR西日本の体質が悪いからこうなるんでということがわかっているのか

     もう、JR西日本の存在自体が間違っている証拠だからな

     もう一度、なくなった人や被害にあわれた人のこと考えろ!!

  7. 番記者O より:

    ・・・私に言われているのでしょうか?(汗

  8. ふざけるな より:

     番記者様へ
    前回の書き込みは、JR西日本に言っています。
    紛らわしいことをかいてしまい申し訳ございませんでした。

  9. マスクメン佐藤秀樹 より:

    私はなんだかんだ言って、高見運転士が悪いと思います。(死んだけど)社員教育だのなんだのの前に、運転士として相応しくない行動だし、報告無いしで、結局大事故でしょ?自分が怒られるのを回避するために無理をして百人殺して、お前なにを勉強して運転士になったの?って聞きたい?結局時間に遅れることを安全より優先させた責任は会社ではなく個人のもんじゃないすか?

  10. 番記者O より:

    >マスクメン佐藤秀樹さん
    そのコメントはですね、前出のふざけるなさんと同じで、このエントリーから少し離れていますです。
    このエントリーはですね、運転士と会社とそれ以外と、どこに事故発生の責任があるのか明らかにしようとして記したものではないのです。

    私は近頃、列車に乗り検札を受けることがあれば「お世話になります」と車掌さんたちに述べるようになりました。
    列車から降りるときや改札を抜けるとき、「有難う」と言うようになりました。
    無事にひとを送り届けることが当たり前の、鉄道。
    「当たり前」の影には、多くのひとの努力があると思うのです。

    当該運転士に、直接の原因があることは間違いありません。
    私はしかし、この事故関連のエントリーを記すにあたり、主に報道関係者を非難していたように思います。
    為して当たり前のことを為すのが、どれだけ大変か。
    鉄道に携わっているというだけで、どれだけ多くのひとを追い込もうとしたか。
    お時間があれば、私の拙い関連エントリーをお読みください。

    出来ることなら、いつでも「お世話になります」「有難う」と述べて列車に乗りたいのですけどね。
    いつもそんなことをしていたのでは、単に変な目で見られるだけでしょうから(汗

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