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「労組が韓国国民を代表しようとしてはならない」(朝鮮日報)に関連して

9 月 29th, 2008 by 番記者O

朝鮮日報「労組が韓国国民を代表しようとしてはならない」

「韓国政府による22の新成長分野の確定・発表は経済とシャーマニズムの中間に位置する」

フランスの世界的な文化批評家であるギー・ソルマン氏は23日、「韓国の労働組合は今も自分たちが正義と民主主義のために戦う若い闘士と考える傾向がある」と述べ、闘争一辺倒の韓国の労組を正面から批判した。

冒頭の一文の意味はよく分かりません。
私が惹かれたのは、韓国の労組がノスタルジーに浸っているという部分です。

ソルマン氏はこの日ソウル小公洞のロッテ・ホテルで開催された、韓国貿易協会と世界経済研究院主催の『韓国は今も競争力があるのか』というテーマの講演で、「韓国の労組は過去の軍事独裁時代に労働者と国民全体を代弁し、民主化を主張したというノスタルジーを持ち続けており、今もなおそのような役割を果たそうとしている」と述べた。

「韓国の労組はすでに国民を代弁する集団ではなく、自らの利益を代弁する集団となっていることをしっかりと理解する必要がある。国民を代表するという正当性は労組にあるのではなく、国民の投票で当選した大統領と国会にあるのだ」

ギルマン氏はさらに「最近韓国で起こった大規模デモ(牛肉問題関連)においても、もちろん素直な思いで参加した人たちもいただろうが、政治的な報復を行うために出てきた人たちも多かったようだ」「韓国人たちは政治的正当性と民主主義についてしっかりと理解して行動する必要がある」などと述べた。

さらに「非常に硬直した労働市場も韓国の競争力を押し下げている」「多くの海外企業が投資をためらうのは賃金が高いからではなく、労働市場が複雑で労使交渉が不確実なため」と主張した。

また「韓国政府が5年で99兆ウォン(約9兆円)を投資する22の新成長分野を確定し発表したが、これは経済とシャーマニズムの中間程度になるだろう」「1960年代から70年代には勝ち目のある分野を選んで投資をすれば成功できたが、今は当時とは異なる」と批判した。

「韓国経済は今も大企業中心となっており、創造力を発揮できる空間もない。そのため経済を多角化させる必要がある」「とりわけ多文化体制の中での競争を通じ、教育における創造性を高めなければならない」とも述べた。

「フランス人はサムスン電子の製品を日本製品と思っているが、これは同じモノを売りながら文化的イメージを植えつけることができなかったからだ」とし、国家レベルでの体系的な広報の必要性も説いた。

最近の米国を中心とする金融の混乱についてソルマン氏は、「深刻な危機であることは間違いないが、一般の銀行にはそれほどの影響はなく、金融システムの崩壊へと続くことはないだろう」と予想した。

労組に関する部分以外には興味がありませんが、そこだけを抽出すると全体の話が分からなくなる(興味が無いので現時点で分かっておりませんが)ので全文を引いております。
ここ数日、中山成彬国土交通相(既に辞表を提出しておられますが)の発言で騒然としています。
数々の発言の中で、日教組に関する部分については批判が少なく(賛同する意見多数)様相を異にしています。
私個人はさまざまな労働組合の運動を陰日向で応援しているのですが、教職員組合に関しては別で、冷ややかな目でしか見ることが出来ません。

いろいろと、訊ねてみたいですね。
教職員組合が、教育現場のために何をしてきたの?と。
子どもたちのためになることを、どれだけやってきたの?と。
モンスターペアレントもさることながら、モンスターティーチャーの対策を行なってきたの?と。
他者の批判をする一方で、自浄作用はあるの?と。

一体、誰のための教職員なのでしょう?
教職員組合は今、ノスタルジーに浸っていませんか?
中山成彬というひとの発言を非難するだけでは、何も生み出さない訳ですが。
タイトルの表現を借りて「教職員組合が国民を代表しようとしてはならない」と記すと、言い過ぎかもしれませんが・・・。

空気、読んだ方がいいですよ。あ、むしろ私が読むべきですかそうですか。

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