
『高齢ドライバー‐加害者にならない・しないために』
毎日新聞生活報道センター 著
岩波ブックレット 2008
帰宅途中、北へ向かう緩やかな右カーブ。
午前の暖かな陽射しが右手から愛車を照らす。
仕事を終えたけだるさと我が家へ間も無く着くという、相反する心地。
雨上がりで濡れたままの路面は、まだ乾きそうにない。
と、右手の脇道に車が見えた。
障害物が無く、こちらから脇道はよく見える。逆もまた然り。
緩やかなカーブを描いているとはいえ、脇道から南北方向の視界は遮られていない。
脇道には一時停止の標識があり、誰もがそこでこちらを一瞥する、筈だった。
その車は、北方向(その車の右側)を見つつ、停止せずに右折してきた。
つまり、私の前に突然入り込んできた訳である。こちらを一度も見ずに。
突然入ってきたその車を運転しているのは、老いを感じさせる男性。
助手席には、そのパートナーと思われる女性。
二人は一度もこちらを見ず、進行方向のみを見つめ、北へと向かい始めた。
ブレーキを急ぎ踏み込み、湿った路面の上で速度を落としきれない私の前で。
スタッドレスタイヤを装着していたのも、裏目に出た。
ABSのキックバックも、愛車も、止まらない。「止まれ・・・!」と念じているのに。
どんどん近付く前車のテールに見えたのは、もみじマーク。
前車との衝突を、何故かスローモーションになった数秒間に覚悟した。
前車の緩やかな加速と愛車の減速とが噛み合ったのか、ぶつからずに済んだ。
それから我が家まで、前車への怒りも湧かず、我が身も省みず、運転し続けた。
ここ数年、高齢の方の交通事故が増えているという。
私は単純に、「報道」その他の言う「高齢化社会」が原因だろう、と思っていた。
実感する範囲で、高齢の方の車が「ひやり」「はっと」させる事例が多いためでもある。
例えば、高速道路上での逆走の多さがそれだ。
私自身、高速道路走行前後に「逆走車有注意」という表示を何度も目にしている。
以前ならひとごとと思っていた逆走車は、今ではいつ出現するか分からない。
しかし、交通事故の発生を「高齢化社会」にのみ押し付ける訳にはいかない。
事故の多さを考えれば、全年齢に亘って発生している訳である。
私が見るところ、特に若年層で、運転の質が落ちている。
私の後ろで、交通状況を把握できず追突しそうになる車。
目の前を、携帯電話をかけながらカーブを膨らんでいく車。
車線減少を直前で知り、車間も考えず割り込みハザードランプを出す車。
挙句、自分の思い通りにならねばホーンを鳴らし続け、不相応な速度で抜き去る車。
道路上でのゆとりの無さは、「ゆとり」が生み出しているのではないのかな・・・?
本書は、新聞連載のブックレット化らしい。
主として、身近に高齢運転者のある方への問題提起となっている。
確かに高齢の方が運転を続ける中での問題提起には、なっている。
しかし、交通社会全般に対しては、「もみじマークには注意」というメッセージしか発していない。私には、そうとしか思えない。高齢の方への免許返上の勧め・高齢な方が身近におられる場合の免許返上に向けてのアドバイス・免許返上制度推進に向けての警察への苦言・「脱クルマ社会」の提起などが、本書の内容である。「おわりに」で引き続き考察していくことが表明されているけど、交通社会の大半をなす、高齢ではない運転者が即座に消化し得る内容は、ほとんど存在しない。
とはいえ、例えば私自身がこれから身体機能をいかに落とし、いかに運転するにあたり危険な存在になっていくのか、そのことは本書から大いに実感した。痴呆もさることながら、「ピック病」も交通社会の中で危険であるという。感情・行動の制御に問題があり、車間距離を無理に詰めるようなら「ピック病」の可能性があるらしい。我が身に対する警鐘は、幾つか記されている。
それでも、交通社会全体への即効薬は、何も記されていないに等しい。
「脱クルマ社会」に至っては、ちゃんちゃらおかしい。
公共交通機関、特に路面電車の衰退を推し進めたのは、紛れも無く「報道」ではないか。
それが、過去の「報道」を省みず、公共交通機関の整備を今になって言うとは如何か。
過去の「報道」を先人の負たる遺産だとでも思っているのだろうか?
それでは、「報道」に自浄作用が無いことを認めているに過ぎない。
このブックレットを編み出したのが「毎日新聞生活報道センター」であるというのは、奇妙な一致だ。
初めは、それなりにこのブックレットを評価しようと思っていた訳ですが。
数日前、帰宅途中の、あの緩やかなカーブ。
右から、老いの見える方の運転する車が出てくるのが見えた。
軽く減速。前車との距離は、そこそこ。
運転される方が、こちらを見て手を挙げられる。
思わずこちらも、手を挙げ返した。
前を行く車には、「もみじマーク」。
いろいろと考えさせられた、と言う点ではこのブックレットを評価せねば。
