ジブリ作品大好きです。
アニメといっても決して子供向けというわけではなく、奥に深いメッセージが潜んでいる、そんな感じがしますよね。
そころで、「魔女の宅急便」についてですが、皆さんは、何故、キキが飛べなくなったと思いますか?
私なりに考えてみたのですが、私の意見を書いて先入観を持たせる前に、皆さんの意見を聞いて見たいなぁーと思いました。
よろしくお願いします。
正解があるのかないのか分かりませんが、私は、大人になるにつれて「真っ黒くろすけ」が見れなくなるのと同じ様な感じかなと思っていました。

takerattaです。
なんで飛べなくなったんだろう?
邪心があったから?かなぁ。
ほんと、なぜなんでしょうね。
駿さんに聞いて来ないといけないな。。
盛り上げるために決まってますな(゚∀゚)
原作者のサイト
http://home4.highway.ne.jp/kiki/
以前は「映画とは無関係。ジブリに聞いてください」とあったのですが、今はそれもないですね。
まああれこれ考えるのは本を読んでからでも遅くはないと。。
あ、そうか。あれって日本の作品だったんだっけ。
私だったら子供には原作を読ませますw
私は単純に、宮崎アニメのファンだからなぁ。原作まで思考が行きませんでした。
長くなったらすみません。
皆様諸説お持ちのようですが、「トンボに恋」とか「初潮」とか「スランプ」とか「成長の過渡期」とか、
私は、もうちょっと堅くて、「キキが文明の力を借りて空を飛ぶことを経験してしまったから」だと思います。
魔女は、「不思議なちから」でほうきで(=生身で)空を飛びます。魔女は「不思議なちから」でジジと会話します。これは魔女だけが持つものです。
(キキは物語序盤で「私は魔女です」と、頻繁に主張します。普通の人間と魔女とは違う(=「不思議なちからを持っているかいないかの違い)ということを明らかにしています)
キキが飛べなくなる前のエピソードとして、トンボが製作したプロペラ付自転車(=文明の力)で飛びました(浮いた?)。魔女特有の「不思議なちから」をもってではなく、「文明の力」をもってです。
その後、突然キキは飛べなくなります。ジジの言葉がわからなくなります。「不思議なちから」を喪失してしまうのです。
人間は文明に依存することで便利を手にいれました。しかし、そのせいで、もともと誰もが持っていた「不思議なちから」を忘れてしまったのでは?という「文明に対する警鐘」がメッセージとして含まれているのではないでしょうか?
それを裏付ける象徴的な出来事に、その後飛空挺の事故があります。文明の力をもってすれば、普通の人間でも空をも飛ぶことができる、しかし文明の力を過信すればそれが、惨事に繋がる、ということを言いたかったのではないでしょうか。
また、ウルスラという女性に出会います。彼女は自然の中で住んでいます。彼女との出会いがキキの苦悩を緩和するわけですが、ウルスラが象徴するものは、ひとつは「キキの将来の姿」もうひとつは「自然」です。ウルスラは自然に溶け込むことでインスピレーションを得て絵画を描きます。
キキとウルスラは自然というキーワードで同根だと思います。
ウルスラとの出会いがなければ、キキは「不思議なちから」を取り戻せなかったでしょう。ウルスラに出会うことで、キキはウルスラを通して自然からインスピレーションを得たのだと考えます。
でも、キキが最後の最後に飛べたのは、「火事場の馬鹿力」としか説明できないのですが。
・・・ふーむ。
なるほどですね。
御大はどう思われます?
私と友人の間での定説は
『キキはトンボに恋をした』
からです。
友人に言われて気付いたけれど、
言われてみればはっとするほど当てはまる。
トンボのパーティーにいけなかった日から
力が弱くなっていることに気付くまで
キキはホウキにまたがっていない
トンボがおしゃれな友達の女の子に
飛行船に誘われて喜んでいるのに嫉妬して
冷たく当たり、それを後悔する。
そして力が弱っていることに気付く
オソノさんの
「また飛べるようになるのよね」
という質問にもキキは
「今までこんなことなかったから・・・」
と答えています。
きっとはじめての恋に心が乱れてしまった、
ということなのだと思いました。
自立する上での自身喪失
咄嗟の危機回避で無意識に自転車を浮かせたからでは?
自転車にプロペラ付けたからって
物理的に二人分の質量で浮かないでしょう。
意思疎通のできるホウキではなく異物を浮かせるほどの力を使ってしまったから
「力が弱くなっている」状況になってしまったのでは?