早いもので、もう11月。友人は「そろそろ年賀状のデザインを考えてる」などと気の早いことを言い出している。そこで思い出したのが「北海道」だ。毎年、北海道の知り合いに年賀状を出しているのだが、「北海道札幌市○○~」と住所を書いていると、なんとなく違和感を感じてしまうのだ。
どーゆーことかと言うと、東京都は東京、大阪府は大阪、広島県は広島、青森県は青森…。みんな「都」「府」「県」をとって呼べるのに、北海道だけ北海とは呼ばない(呼べない)。「オレ、来週、北海に出張なんだ」と言ったとしたら、船に乗って、寒~い海まで漁に行くのかと思ってしまうでしょ。
ここは全文引用しますよ。えぇえぇ。
転載にしておきます。やはりまずそうなので。
って、言うじゃなーい。
ここんち、過去ログ全く機能してませんからー。残念。
なぜ、北海道だけ「北海」と呼べないのだろう?
それには、日本の都道府県の由来について、知らなくてはならない。実は「都」「道」「府」「県」の4つは、同時に決められたものではなく、それぞれに異なる歴史があるのだ。
都道府県の、それぞれの由来を見てみよう。
このなかで、「府」と「県」は同じ歴史を持っている。ともに、歴史の授業でもおなじみの「廃藩置県」により、生まれたものなのだ。
明治政府は1871(明治4)年に制定した「廃藩置県」により「藩」というシステムそのものを破壊、税による中央収益の安定のため、郡県制を敷く。それまでおよそ300あった藩を、3府75県の「府」と「県」にまとめていったのだ。その後1879(明治12)年には、沖縄も県として加えられている。
明治初期には、
京都、箱館、大阪、長崎、東京、越後、
神奈川、奈良、甲斐の9府
が設置されていたという。それが廃藩置県のとき、重要な東京、大阪、京都だけを残して、他を「県」に統一したというのだ。
1888(明治21)年:
東京府の中心部に東京市を設置。東京市内は15区に分けられた。
1932(昭和7)年:
東京市は近隣82町村を編入。計35区となる。これは現在の東京23区とほぼ同じエリア。
1943(昭和18)年:
東京府は東京都に変更される。同時に東京市を廃し、各区を東京都の直下に置く。
ここで、お気づきのことと思うが、そう、東京はかつて東京府だったのだ。それじゃあ、いつから「都」になったんだろう?
東京府から東京都へと変わったのは、太平洋戦争中の1943年(昭和18年)のこと。東京府に東京市が統合されて、東京都が誕生した。
これが、現在の東京都の基本になっているわけだ。東京がかつて「府」だったり「市」だったり、意外と知らない人も多いんじゃないのかな?
話が大きくそれて、東京になってしまった。本題の北海道に戻ろう。「府」や「県」や「都」の由来は、なんとなく、わかってきた。
それじゃ、北海道はどうやって誕生したんだろう。
ご存知の人も多いと思うが、もともと北海道は、アイヌ人が住む土地で、「蝦夷(えぞ)」あるいは「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていた。明治時代になり、その「蝦夷」を、正式に日本として地図に加え、「開拓使」を設置することになり、新たな名称が必要になったのだ。
そこで、登場してくるのが、松浦武四郎という人物だ。この松浦武四郎は、江戸末期に蝦夷地の調査をおこなった探検家で、アイヌとも交流を持っていた。明治政府は、松浦にネーミング案を提出するよう依頼したのだ。
そこで松浦武四郎は、「海北道」「北加伊道」「日高見道」など6案を提出したという。
そのなかから、「北加伊道」が採用になり、「加伊(カイ)」の部分が「海」と改められ、正式採用にされたという。ちなみに、カイ=「蝦夷」の音読みで、松浦武四郎は、建白書において「北加伊道」案は、アイヌ人が自分たちの土地を「カイ」と呼んでいることから考案したと、自ら説明している。
こうして、1869年(明治2年)、「蝦夷地」は「北海道」とあらためられた。もっとも、函館県、札幌県、根室県という名称も、一時期使われていたという。
さて、ここで、ようやく「道」が出てきたが、これはいったい、なんなんだろう。この言葉、実は古代・律令制時代の「五畿七道」という行政区画に由来したものなのだ。
「五畿七道」とは、古代の律令国家において全国を区分するために使われた名称のこと。元々は中国で使われていた行政区分で、7~8世紀・天武天皇の時代に整えれたと言われている。
五畿=山城、大和、河内、和泉、摂津の5諸国
七道=東海、東山、北陸、山陽、山陰、南海、西海の7諸道
となっていた。7諸道は、都から各地へと続く幹線道路のことであり、同時に地域の名称としても使われていたという。
松浦武四郎と、明治政府は、この7諸道に北が欠けている(東西南北のうち東海、南海、西海はある)ため、「北海」に「道」を付け加えた、と言われている。「東西南北」すべて揃えておきたい、という気持ちもわからないではない。
というわけで、「都」「道」「府」「県」は、それぞれ成り立ちが違うことが、おわかりいただけたと思う。まとめておくと、
府、県=廃藩置県により決められたもの
都=「府」と「市」の合併によるもの
ということになる。いずれも○○県という○○の部分には、歴史的な名称を使っている。
ところが、北海道だけは異なっている。
幕末から明治政府の時代にかけて、あらたに蝦夷の地を管理することになり、名称が必要になったために作り出された新しい名称の設定、それが「北海道」なのだ。なにしろ、松浦武四郎のプレゼンから生まれた、造語なのだから。
「府」や「県」には、古くからの、その地域の歴史的な名称が使われているから、「府」や「県」を省略して呼ぶことができる。
しかし、北海道だけは、最初から「道」も含めて、新たに考え出された名称だから「道」をはずして呼ぶと違和感がある、そういうことなんじゃないだろうか? というのが今週の結論です。
久しぶりに「廃藩置県」なんて言葉に触れてしまい、なんだか中学、高校の歴史の授業の気分になってしまった今週。当時は、テストの前にムリヤリ詰め込んだ「廃藩置県」という言葉も、北海道というネタで調べれば、すんなりアタマに入ってくる。やっぱり身近な問題に絡めると、覚えやすいし理解しやすいってことなんでしょうね。
Text by 小渕良知 (RACCO)
Illust by VACCA MODE
以上、DION 具っとソースさんから全文無断転載。
矢でも鉄砲でも持って来い斬りっ!
_| ̄|○ って、もう記事がなくなってる。。
やっぱり、転載は必要ってことですか。

ギ、ギター侍!
松浦・・・ってのに反応しますた。残念。_| ̄|○
もう一つ違和感を感じるだろうと思われるのが、「道道」。他県の「県道」が「道道」になっているんです。僕は道産子なので当たりまえで育ちましたが、それでもなんだかちょっと笑ってしまう感じがあります(^^;
面積や人口から見ても県がおかれてもおかしくないのにそのままだったのは長く北海道が開拓地だったからなんですね。なんといっても未だに開発庁って役所と開発局っていう出先機関がありますから。
道のままだった関係で道州制の導入には道民は全く違和感がないと思います。中央省庁の抵抗は強いようですが。。。
いろんな意味で行政の実験地/先進地という見方ができるかもしれません。そんな点でも開拓地-フロンティアなんですね。北海道って。
ふむ。
んちばさんが来てくれて嬉しいです。
「道」って「県」よりも人口少ないのですか?
区から市へ、村から町へとかよくありますけど、道の方が県より大きいような気がします。
あ、土地の大きさか、これって。(笑
http://www.dion.ne.jp/sauce/soboku/vol17.html
ソースはこれですか。
転載禁止とか書いてあります。
い、いや、その忠告したりとかそんなんじゃなくって・・・
>_| ̄|○ って、もう記事がなくなってる。。
>やっぱり、転載は必要ってことですか。
に素直に素朴に返信してしまっただけです。
ごめんなさいです。すいませんです。
いや、ネタと言うか、エントリーにも書いてあるとおりわざとなんですけど。
でも、バックナンバーあったんですね。どこから見つけてきたんだろ。