眠れぬ夜のラジオ深夜便

眠れぬ夜のラジオ深夜便 (新潮新書)
『眠れぬ夜のラジオ深夜便』
宇田川清江 著
新潮選書 2004

「ラジオ深夜便」が、開始から20年を迎える。
自分自身の20年間を、ふと考えてみた。

 「今」という時がどれほど貴重で大切か、人間は残念ながら、その持ち時間が少なくならなければわからない仕掛けになっているらしい。
 「今」という時は二度とない。そんな単純なことに気づかせてくれる老年という年に感謝したい。
 若い時からちゃんと気付いている人も多いのかもしれないが、若い時は、時間はいくらでもあるような気になっているのではないだろうか。そのくせ、せかせかと忙しげに生きていた。なぜ何事にももっとじっくりと取り組まなかったのかと、いまにして思うが、もう遅い。
 子育ても仕事も荒らしのような勢いでこなしてきた。ゆっくりと味わって楽しめなかった愚かさを恨めしく思う。
 楽しむとは難しいことなのだ。楽しみを見つけて、身をゆだねる。身をゆだねることで楽しみが見つかるかもしれない。


いつも、「今」を気にしているつもりでいた。
今でも、「今」を気にしているつもりでいる。

前の10年、いろいろなものを築いてきた。そう信じていた。
後の10年、いろいろなものを守ってきた。そう信じていた。

それが全て幻であったことに、ある日突然気付かされた。
前の10年に私がやっていたのは、周りのひとに甘えてきただけのこと。
後の10年に私がやっていたのは、惰性で生きていただけのこと。
目の前には、何も残っていなかった。そう、何一つとして。

僅かに残されたのは、後の10年で得た、幾つかの繋がりだけだった。

20年前の私が何を志していたのか、思い出せずにいる。

20年前の「ラジオ深夜便」開始当初のことを、宇田川清江さんは次のように記されている。

 平成二年四月二十八日、ラジオ深夜便は、「十夜連続特集・ノンストップラジオ深夜便」というたいへん長いタイトルでスタートした。
 この日をラジオ深夜便の正式スタート日に決定したのは、後になってからのことである。それ以前に、深夜を通しての放送があり、私は体験している。
 確かその試験放送は、平成元年秋のことだった。


そこから私が「ラジオ深夜便」に逢うまで、10年近くかかった。

本書のタイトルは、『眠れぬ夜のラジオ深夜便』だ。
おそらく、床についても眠れぬひとのことを思ってのタイトルであろう。

「ラジオ深夜便」を聴き始めてからの私にとって、「ラジオ深夜便」が時計代わりとなり、カレンダーの代わりとなった。
多くのひとに囲まれていた日々が終わり、誰もいなくなり、いつしか「ラジオ深夜便」を聴くことが日々の基軸となっていった。

私のように、諸般の事情で朝まで眠ることなく活動しているひとのことも、願わくばタイトルの意に込められていただけると嬉しいような気もする。

「ラジオ深夜便」を聴きながら、どうしようもない想いに身をよじらせた日もあった。
「ラジオ深夜便」を聴き始める前の、その時の「今」ではないかつての「今」を懐かしみ、悔み、もどかしんだ日が、少なからずあった。

生まれ変わっても、また自分に生まれたい。
そう思い込んでいたあの頃に、3日間だけ戻りたい。
大切なあのひとと、初めて出逢った日のように笑いあっていたい。

「今」をただ、悲しく思う日を繰り返していたかもしれない。
2時台から4時台にかけて、音楽や「こころの時代」を流しつつ、茫然としていた日も多かった。

気付けば5時前。「ラジオ深夜便」で「今日の花」が紹介されている。
我に返るのが遅れ、「花ことば」を聴きもらす日もあった。
エンディング曲とともに、アンカーが番組の終わりを告げる。

「今日もおだやかな日でありますように。ごきげんよろしゅう・・・。」

その一言が、私を「今」へと何度も戻らせてくれた。
どんなに長くても、明けない夜はない。
いつか、本当におだやかな日が来る。
「今」は、その布石だと信じたい。

大切なものは何か、今も私は見つけられずにいる。

そして、この春、宇田川清江アンカーが「ラジオ深夜便」から去った。
『眠れぬ夜のラジオ深夜便』本文中に、こう記されていた。

 私自身の番組、最後の朝の締めの言葉は、すでに決まっている。それはいつかは分からないが、大好きな詩で終わろうと思っている。その時まで、それは内緒にしておこう。

詩は、三好達治のものだった。

春の岬旅のをはりの鴎どり 浮きつつ遠くなりにけるかも


そう、「ラジオ深夜便」の5時前は、旅の終わりの寂寥感に似ている。
終着駅に着いた感覚ではなく、旅の最後に船や列車に乗り込む時の、あの寂しさに。

「ラジオ深夜便」の宇田川清江さんの放送は、終わった。
でも、それは旅の終わりを意味するものではない。
旅の終わりは、新たな旅の始まりでもあるのだから。

新たな旅が、始っている。
「今」を大切にして、行く先の見えない旅を楽しむのも、一つの手。

この先の10年、私は何処へ行くのだろう。

今宵もまた宇田川さんの放送があるような、これからもすっと宇田川さんがアンカーであり続けるような、そんな他愛のない錯覚を拭えない自分に戸惑い続けているのかもしれない。
この一冊を手に、「ラジオ深夜便」の思い出を追いながら――。

※古タバスコでのエントリーも、このエントリーも、書評になっておらず申し訳・・・(汗

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Author: 番記者O on 2010年4月4日
Category: book review
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