「覆水盆にかえらず」か「揚げ足取り」か
久間防衛相(衆院長崎2区)は1日昼、長崎県島原市内のホテルで記者会見し、30日の講演で米国の広島、長崎への原子爆弾投下をめぐり「しょうがない」などと発言したことについて、「長崎、広島、全国の国民の皆さんに、大変申し訳なかったという気持ちだ。これから先は一切、そういうこと(発言)はしない」と陳謝した。
久間防衛相(衆院長崎2区)は1日昼、長崎県島原市内のホテルで記者会見し、30日の講演で米国の広島、長崎への原子爆弾投下をめぐり「しょうがない」などと発言したことについて、「長崎、広島、全国の国民の皆さんに、大変申し訳なかったという気持ちだ。これから先は一切、そういうこと(発言)はしない」と陳謝した。
久間防衛相(衆院長崎2区)は30日、千葉県柏市の麗沢大学で講演し、1945年8月に米軍が日本に原爆を投下したことについて「原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」と述べた。原爆投下を正当化する発言とも受け取られかねず、野党が久間氏の罷免を求める動きを見せるなど波紋が広がっている。
昨夜テレビを点けたら、たまたま「真夏の夜もさだまさし」という番組を見ることが出来ました。
「夏 長崎から」が今年で一区切り、ということを初めて知りました・・・。
広島に投下された原爆で亡くなった折免(おりめん)滋君(当時中学1年、13歳)の遺体とともに見つかった弁当箱の献立が、被爆から60年を経て再現された。
弁当箱の中で炭化したおかずは、親子のきずなと惨劇を伝える資料として絵本の題材にもなった。
弁当を食べずに逝った滋君の無念を追体験してもらおうと、滋君の弁当は、平和学習で広島を訪れる修学旅行生らに提供される。
YOMIURI ONLINE
現物を、ご覧になられましたか?
弁当だけではなく、数多くの想いが今でもあの場所に・・・。