まだある 生徒の大半が「必修」世界史を履修していなかった高校
10 月 25th, 2006 by 番記者O
富山県立高岡南高校で明らかになった3年生が地理歴史教科の必修科目を履修していなかった問題で、岩手県でも県立盛岡第一高校(鈴木文雄校長)と盛岡第三高校(井上節夫校長)の3年生らが同様に、地理歴史教科で必修の2科目のうち1科目しか履修していないことが25日、わかった。
いずれも補習などで対応することにしている。
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10 月 25th, 2006 by 番記者O
富山県立高岡南高校で明らかになった3年生が地理歴史教科の必修科目を履修していなかった問題で、岩手県でも県立盛岡第一高校(鈴木文雄校長)と盛岡第三高校(井上節夫校長)の3年生らが同様に、地理歴史教科で必修の2科目のうち1科目しか履修していないことが25日、わかった。
いずれも補習などで対応することにしている。
10 月 24th, 2006 by 番記者O
高岡南高校(篠田伸雅校長、生徒五百五十五人)で昨年度、一部の二年生に必修科目の世界史の授業を行わず、代わりに日本史と地理の授業を受けさせていたことが二十三日、分かった。生徒から「受験に必要ない世界史の授業を日本史や地理に充ててほしい」と要望が出たためだが、必修科目が履修されない場合、卒業できない恐れがある。二十四日に県教委に経緯を報告し、生徒が卒業できるよう短期集中授業を行うなど今後の対応を検討する。
2 月 9th, 2004 by 奈菜
的確に物事を捉えることを表す正しい日本語は「的を射た」であって、「的を得る」ではないとどこかで習ったかきいたか覚えていないが、ぼくも「的を射る」が正しいと思っていた。しかし今日、大学受験時にお世話になった中谷臣先生(駿台予備学校世界史科講師)のホームページを見ていたら、そうではないのだ、と書いてあるのを発見した。
射撃の場面を想像して「的を得る」はずがない、「的を射る」ものだ、という誤解です。これは漢語に由来する表現であることを知らず、日本語として「的を得る」はずがない、と思ってしまうのです。語源の『大学』・『中庸』にあるように、「正鵠(せいこく)を失う」という表現からきています。この場合の正鵠は「正も鵠も、弓の的のまん中の黒星(『角川漢和中辞典』)」のことで、射てど真ん中の黒星に当てることができたかどうか、当たったら「得た」といい、はずれたら「失う」と表現していたのです。矢で的を射るのは当り前としても、必ずしも的に、まして正鵠に当たるかどうかは示していない表現が「的を射る」です。
ふーん。
的を撃って真ん中に当てることを「得る」と言うんだ。
ひとつ勉強になりました。
追記 4/19
中谷先生のホームページへのリンク追加。是非、原文をご覧になってみて下さい。
追記2 07/02/17
上記リンクから練習帳へ行き辛い様なので、改めて追記させていただきます。